関釜フェリー・釜関フェリー・グランドフェリー

下関〜釜山間のフェリーで、関釜フェリーは日本側の会社、釜関フェリーは韓国側の会社。下関の「関」の字と釜山の「釜」の字のどっちが先に来るかというだけの違いです。それぞれが1隻ずつ運航し、両社合わせて毎日運航です。3回ほど利用しましたが、それぞれの港を夜に出港し、時刻表上は翌朝到着するのですが、実際には未明に到着していて、沖に停泊して港が開くのを待ちます。冬の北西からの季節風が強いと船は揺れますが、日本近海の波が高く、韓国に近付くと波はなくなります。グランドフェリーは韓国の船会社で、元マリンエキスプレスの川崎〜宮崎間「パシフィックエキスプレス」改め「セコマル」を釜山〜門司間に就航させましたが撤退し、現在はその船は運航会社が変わり、平澤(韓国)〜日照(中国)間を運航しています。 2014年10月記
釜山港国際線ターミナルの入口にはこんな門があります。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜山港国際線ターミナル。以前からこの奇抜なデザインの建物です。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜山港国際線ターミナルの前は中央洞という街中です。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記
釜山港国際線ターミナルの前は中央洞という街中ですが山も迫っています。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。高速船は未来高速。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。漢字では「星希」と書きます。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。リモコンのクレーンを使って荷物を上げ下げしています。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。大亜高速とJR九州高速船も見えます。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。カメリアラインも到着。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。JR九州高速船も見えます。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。「ソンヒ」は3カ国語表記に対し、「はまゆう」は日本語のみ。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。大亜高速、JR九州高速船、パンスターラインと揃いました。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。ロッテデパート屋上より。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。釜山タワーより。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。カメリアラインも到着。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 カメリアラインの福岡〜釜山間「ニューかめりあ」。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 グランドフェリー乗場。現在はどうなってしまったのでしょう?(2010年8月9日 門司) 2014年10月記
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。関門汽船より。(2010年8月9日 下関) 2014年10月記 グランドフェリーの釜山〜門司間「セコマル」。元マリンエキスプレス「パシフィックエキスプレス」で、現在は韓国の日照海東フェリー「日照東方」となりました。(2010年8月10日 門司) 2014年10月記 グランドフェリーの釜山〜門司間「セコマル」1万1582トン、1992年竣工。元マリンエキスプレス「パシフィックエキスプレス」で、現在は韓国の日照海東フェリー「日照東方」となりました。(2010年8月10日 門司) 2014年10月記
グランドフェリーの釜山〜門司間「セコマル」。元マリンエキスプレス「パシフィックエキスプレス」で、現在は韓国の日照海東フェリー「日照東方」となりました。(2010年8月10日 門司) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」1万6187トン、1998年竣工。(2010年8月10日 下関) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。門司より。(2010年8月10日 下関) 2014年10月記
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。後方は海峡ゆめタワー。(2010年8月10日 下関) 2014年10月記 釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」1万6875トン、2001年竣工。(2009年12月20日 下関) 2014年10月記 関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。後方は関門橋。(2009年12月19日 下関) 2014年10月記
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。この船は元西日本フェリー「はかた」で、阪九フェリー「第十七阪九」、関釜フェリー「フェリー関釜」へ。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記  釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。関釜フェリー「フェリー関釜」からさらに釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記   釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。「フェリー釜関」時代は釜山〜下関間を運航しましたが、広島便運航に際して「銀河」になりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記   
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなり、船はギリシャに売却されましたが、廃船になりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記    釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。手前は済州島行きの国内便。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記    釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」5748t(日本式のトン数)、1973年竣工ですが、この航路はなくなりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記   
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。手前は済州島行きの国内便。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記     釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記     釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記     
釜山港。釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記       釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記        釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。接岸場所を変えるようです。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記       
釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。接岸場所を変えるようです。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記         釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。接岸場所を変えました。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記         釜関フェリーの「ソンヒ」より。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記         
釜関フェリーの「ソンヒ」より。福岡からのカメリアラインとJR九州高速船が到着。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記           釜関フェリーの「ソンヒ」。釜山から下関へ向かっています。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記           釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。本日は波高2メートル、北東の風10メートルとあります。(2004年9月4日) 2020年6月記           
釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。運賃は7万5000KRW+港湾料2200KRW。(2004年9月4日) 2020年6月記             釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。(2004年9月4日) 2020年6月記             釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。船内で800円。(2004年9月4日) 2020年6月記             
釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。船内で800円。(2004年9月5日) 2020年6月記 釜関フェリーの「ソンヒ」より。釜山から下関へ向かっています。間もなく下関到着。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記                             釜関フェリーの「ソンヒ」より。釜山から下関へ向かっています。間もなく下関到着。下関では太平洋フェリーの新造船を建造中でした。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記                             
釜関フェリーの「ソンヒ」より。釜山から下関へ向かっています。間もなく下関到着。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記                              下関港国際ターミナル。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記                              関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。国内線ターミナル屋上より。(2003年10月21日 釜山) 2021年3月記 
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                               釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                                釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。隣には下関行き「ソンヒ」。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                               
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                                釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。2人個室利用。(2003年10月22日) 2021年3月記                                釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日) 2021年3月記                                
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」の客室より。操舵室の真下です。(2003年10月22日) 2021年3月記                                 釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。釜山を出港。済州島行きが見えます。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                                 釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。釜山を出港。下関行きが見えます。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                                 
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。これは台風で倒されたクレーン。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記                                  釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内。こちらは2等船室。(2003年10月22日) 2021年3月記                                  釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内レストラン。(2003年10月22日) 2021年3月記                                  
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。釜山から広島へ向かっています。(2003年10月23日) 2021年3月記 釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。釜山から広島へ向かっています。(2003年10月23日) 2021年3月記  釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記 
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記   釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記   釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記  
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記   釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」が広島到着。(2003年10月23日) 2021年3月記   広島港。(2003年10月23日 広島) 2021年3月記  
広島港。(2003年10月23日 広島) 2021年3月記    釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」が広島へ到着。(2003年10月23日 広島) 2021年3月記