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釜山港国際線ターミナルの入口にはこんな門があります。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜山港国際線ターミナル。以前からこの奇抜なデザインの建物です。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜山港国際線ターミナルの前は中央洞という街中です。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
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釜山港国際線ターミナルの前は中央洞という街中ですが山も迫っています。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。高速船は未来高速。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
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釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。漢字では「星希」と書きます。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。リモコンのクレーンを使って荷物を上げ下げしています。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
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釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。大亜高速とJR九州高速船も見えます。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。カメリアラインも到着。(2011年11月7日 釜山) 2014年10月記 |
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関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。JR九州高速船も見えます。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。「ソンヒ」は3カ国語表記に対し、「はまゆう」は日本語のみ。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
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関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。大亜高速、JR九州高速船、パンスターラインと揃いました。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。ロッテデパート屋上より。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。釜山タワーより。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
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関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。カメリアラインも到着。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
カメリアラインの福岡〜釜山間「ニューかめりあ」。(2011年11月8日 釜山) 2014年10月記 |
グランドフェリー乗場。現在はどうなってしまったのでしょう?(2010年8月9日 門司) 2014年10月記 |
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釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」。関門汽船より。(2010年8月9日 下関) 2014年10月記 |
グランドフェリーの釜山〜門司間「セコマル」。元マリンエキスプレス「パシフィックエキスプレス」で、現在は韓国の日照海東フェリー「日照東方」となりました。(2010年8月10日 門司) 2014年10月記 |
グランドフェリーの釜山〜門司間「セコマル」1万1582トン、1992年竣工。元マリンエキスプレス「パシフィックエキスプレス」で、現在は韓国の日照海東フェリー「日照東方」となりました。(2010年8月10日 門司) 2014年10月記 |
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グランドフェリーの釜山〜門司間「セコマル」。元マリンエキスプレス「パシフィックエキスプレス」で、現在は韓国の日照海東フェリー「日照東方」となりました。(2010年8月10日 門司) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」1万6187トン、1998年竣工。(2010年8月10日 下関) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。門司より。(2010年8月10日 下関) 2014年10月記 |
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関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。後方は海峡ゆめタワー。(2010年8月10日 下関) 2014年10月記 |
釜関フェリーの釜山〜下関間「ソンヒ」1万6875トン、2001年竣工。(2009年12月20日 下関) 2014年10月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。後方は関門橋。(2009年12月19日 下関) 2014年10月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。この船は元西日本フェリー「はかた」で、阪九フェリー「第十七阪九」、関釜フェリー「フェリー関釜」へ。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。関釜フェリー「フェリー関釜」からさらに釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。「フェリー釜関」時代は釜山〜下関間を運航しましたが、広島便運航に際して「銀河」になりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなり、船はギリシャに売却されましたが、廃船になりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。手前は済州島行きの国内便。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」5748t(日本式のトン数)、1973年竣工ですが、この航路はなくなりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。手前は済州島行きの国内便。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」ですが、この航路はなくなりました。(2005年5月20日 釜山) 2020年4月記 |
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釜山港。釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。接岸場所を変えるようです。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
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釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。接岸場所を変えるようです。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」に乗って下関へ向かいます。接岸場所を変えました。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」より。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
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釜関フェリーの「ソンヒ」より。福岡からのカメリアラインとJR九州高速船が到着。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」。釜山から下関へ向かっています。(2004年9月4日 釜山) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。本日は波高2メートル、北東の風10メートルとあります。(2004年9月4日) 2020年6月記 |
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釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。運賃は7万5000KRW+港湾料2200KRW。(2004年9月4日) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。(2004年9月4日) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。船内で800円。(2004年9月4日) 2020年6月記 |
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釜関フェリーの「ソンヒ」船内。釜山から下関へ向かっています。船内で800円。(2004年9月5日) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」より。釜山から下関へ向かっています。間もなく下関到着。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記 |
釜関フェリーの「ソンヒ」より。釜山から下関へ向かっています。間もなく下関到着。下関では太平洋フェリーの新造船を建造中でした。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記 |
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釜関フェリーの「ソンヒ」より。釜山から下関へ向かっています。間もなく下関到着。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記 |
下関港国際ターミナル。(2004年9月5日 下関) 2020年6月記 |
関釜フェリーの下関〜釜山間「はまゆう」。国内線ターミナル屋上より。(2003年10月21日 釜山) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。隣には下関行き「ソンヒ」。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」に乗ります。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。2人個室利用。(2003年10月22日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月22日) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」の客室より。操舵室の真下です。(2003年10月22日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。釜山を出港。済州島行きが見えます。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。釜山を出港。下関行きが見えます。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。これは台風で倒されたクレーン。(2003年10月22日 釜山) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内。こちらは2等船室。(2003年10月22日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」船内レストラン。(2003年10月22日) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。釜山から広島へ向かっています。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。釜山から広島へ向かっています。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」より。間もなく広島。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」が広島到着。(2003年10月23日) 2021年3月記 |
広島港。(2003年10月23日 広島) 2021年3月記 |
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広島港。(2003年10月23日 広島) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」が広島へ到着。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2003年10月23日 広島) 2021年3月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2002年12月24日 広島) 2021年11月記 |
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釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2002年12月24日 広島) 2021年11月記 |
釜関フェリーの釜山〜広島間「銀河」。元関釜フェリー「フェリー関釜」で、釜関フェリー「フェリー釜関」となり、次は「銀河」になりました。(2002年12月24日 広島) 2021年11月記 |
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